心温まる医療を通じて伝えたい
生命への優しさと思いやり
韓国籍。在日三世として京都市で生まれ育つ。信州大学医学部卒。近畿各地で勤務後にアメリカ留学を経て、1992年より約24年京都府立医科大学附属病院にて勤務。2017年、宇治武田病院院長就任。京都府立医科大学臨床教授。
編集部より…
撮影の合間、通りかかった患者さんや取材スタッフにも気さくに話しかける院長。真剣に語りながらも時おり冗談を交えて場を和ませるなど、サービス精神にあふれた気遣いの人であると感じた。
儚い命を、 優しく強く生きて欲しい
地域に根ざした病院として、身近なものから専門性の高い診療まで幅広く対応している宇治武田病院。金郁喆(キム ウッチョル)院長が目指すのは、「心温まる医療」だ。「私たちは競争社会を生きています。その中で身体の不調を訴えて病院に来るというのは、その人にとってピンチではありますが、命の危険がない場合には、自分の人生を振り返るチャンスでもあります。優しく迎えられて、心温まるケアを受けて、立ち直っていただく。ああ、生きててよかった、と思ってもらえたら、その人はもっと他人に優しくできるはずです。人は愛されないと愛し方はわかりませんよね。ですから、心を込めて治療して、その患者さんがまた社会に出て戦うときには、優しく強く生きていって欲しい。それが私の願いです」。普段、私たちは「また明日ね」などと気軽に言い、死を意識することはない。「でも、私だって明日死ぬかもしれないんです」と金院長。「命はあっけないと感じる経験は、医者をしているとよくありますよ」。阪神・淡路大震災の発生時には、被災地で治療にあたった。「もう、悲惨でしたね。みんなぺっしゃんこです。怪我をしていた母子に『この程度の怪我で済んで良かったね』と声をかけると、子どもが『でも、隣で寝てたお兄ちゃんは死んじゃったよ』と言うんです。慰める言葉も出なかったですね。命というのは本当に儚い。病院でも、人はあっけなく亡くなります。命がこんなにも儚いものだということがわかれば、他人に手を差し伸べたりできると思うんです。患者さんのご家族にとっても、私たちの病院がそれを考えるきっかけになればいいなと思っています」
国の将来を担う 子どもたちのために
整形外科が専門の金院長が得意とするのは、小児運動器疾患。「子どもは成長するので、それを予測して治療するのが難しいところです。ただ、治療しなければ一生不自由で、障害者手当をずっと受給する必要があったかもしれない。身体が動くようになれば、夢を持つことができて、好きな職業にも就ける。私たちは、国が税金を使って保障する必要があった子を、納税者に変えているんです。それが小児医療の良いところですよ」。とはいえ小児用の医療器具は高額で、小児の医療機関は赤字のところも多いという。「国がもっと子どもを大事にする姿勢を持たないと。将来を担う子どもは、国の宝じゃないですか。ですから、一人でも多くの子どもたちを元気にしていくというのは、私の生きがいでもあります」。包み込むような笑顔で、和やかに語る金院長。その言葉一つひとつが、静かに、深く、心に響く。
生命の不思議と神秘の技、脚延長
アメリカ留学経験もある金院長。そこで魅せられたのが、脚延長だという。骨折した時の再生力を利用し、創外固定器をつけて骨と骨の隙間を少しずつ広げていく。「そうすると1日1ミリずつ、なんぼでも伸びるんです。神経も血管も筋肉も、全部伸びます。」。最大27cm伸ばしたことがあるという金院長。顕著な低身長を示す小人症の患者からも全国から問い合わせがあるという。「ただ、本人がやりたいと言わないとやらないですよ。例えばアメリカでは、小人症の人のためのコンビニやATMなどもあって、生活には不自由はないんですよ。社会がそうやって環境を整えれば手術は必要ないんです。手足は動くわけですから。本人ががんばると言えばやるんですけどね。ただ、150cmの身長を160cmにしてほしいとか、そういう子はまず精神的な話からしないとね。背がのびたからって、女性にモテるわけじゃないよって(笑)。そうやって説得して、諦めさせたこともあります」
心と身体は密接に繋がっている
金院長の診察スタイルは、まず会話から。子どもの場合は、家族などの話題から始める。「祖父母のことや、兄弟姉妹のことなどを聞いて、まずその子の家族を受け入れる。それから、本人のことを話すようにしています。また、子どもだけでなく、お母さんの調子はどうですか、という話を必ずしますね。お母さんの具合が悪いと、子どもは影のようにその影響を受けてしまうので、お父さんお母さんが健康でないと駄目。子どものケアにあたっては、それが最優先です」。病は気から、という言葉があるが、精神が安定すれば身体の回復も早いという。「全然違いますよ。患者さんが安心すると血流が良くなるんです。血管が拡張すると免疫力も上がりますから、感染症も早く治りますし、骨もよくできます。ですから私が若い先生によく言うのは、『とにかく患者のそばに行け』ということ。お前はどうせ手術も下手なんやから、と(笑)。まあそれは冗談ですけどね、患者のそばで話をして安心させてあげろ、そうすれば絶対早く治るから、と。それは私の信念としてありますね」
先生のために元気になりたい
「おばあちゃんの患者さんなんかはね、『せっかく先生に手術してもらったから、早く治りたい』と言ってくれたりして、医者冥利に尽きますよね。診察に行ったら『先生には力をもらってるわ』と言って握手を求めて来るんですよ。『これで私また元気になるわ』って。本当にエネルギー吸い取られてるような気がしてきますけどね(笑)」。ユーモアたっぷりに様々なエピソードを披露する、そんな金院長との会話はとにかく楽しい。「やはり同じ仲間であるという意識ですよね。同じ生命を持って、同じ地球で生きている人間。そういう気持ちでいれば、話す言葉も自然と選ぶようになります」。患者の人生を受け止めて、優しく包み込み、そっと背中を押す。そして、再び歩み始めるその時のために力を尽くす金院長。「この先生のために元気になりたい」。その言葉には、最上級の敬意と親しみが込められている。
名称: | 宇治武田病院 |
所在地: | 京都府宇治市宇治里尻36-26 |
電話番号: | 0774-25-2500 |
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※取材時は全員マスクを着用し、距離を置くなど可能な限りの感染拡大防止対策を行っています。